黒板を使った一斉授業はほとんど意味がありません。学校は大勢の生徒がいますから、それ以外に方法がないでしょうが、塾が同じ手法をとる必要はまったくないのです。学習塾は学校の延長ではないのですから。ま、確かに黒板に色々書き込みながら教えるという図は、雰囲気は出ます。ああ、僕は教わりに来てるんだなあ、という雰囲気は。
でも待ってください。塾は教わりに来る所ではなく、学習しに来る所ではなかったかしら。考えてみれば「教わる」という言葉自体がすでにもう受け身ではありませんか。無論何も教えないと言っているのではありません。生徒が自分の力で分からない時はとことん分かるまで教えます。
つまり生徒が主人公であることが一番大切なのです。先生という人種は、実は教えたくて教えたくてたまらないものなのです。
しかしながら知識は、自分で身につけたもののみが定着するのです。先生はあくまで脇役に徹するべきなのです。
サッカー少年団の指導の手伝いを時々してて思うのですが、ぐんぐん上手くなる子というのは、当たり前ですがいつもボールを蹴っています。練習にしても言われてからやるのではなく、自分から取り組んでいます。この”自分で頑張れる力”を養うことこそ最も大切な要素ではないでしょうか。敢えて言ってしまえば、自分で頑張れる子は、学習の仕方やら教材の問題を別にすれば、塾にこなくてもよいのです。 |