有名な塾に入り優秀な先生に教わったとしても、君自身が積極的に学習に取り組まなければ、成績は絶対に上がらない。
学習という言葉の意味を考えてみましょう。学の字の旧字体は「學」と書きますが、 の部分は「手と手が情報を交換し合っている」という意味です。また はそのまま子供です。つまり、子供が大人から情報を得る=学ぶという意味になりますね。
「習」の の部分は白ですね。昔、中国の家の屋根は白く塗られていたので、白はつまり家の屋根を意味します。 はそのまま鳥の羽です。羽は左右対称でないとうまく飛べませんね。羽という字は対称ではありません。つまり未熟であるということです。すなわちまだ幼い鳥が、屋根の上で一所懸命にはばたく練習をしている、そんな意味なのです。
学習という漢字のそんな語源からも分かるように、学び、そして自分で一所懸命に練習する、そうでなければ鳥が大空に飛びたつことができないように、”自ら学ぼう”という意志がなければ、その効果は望めません。これとは反対に”やらされる学習”は、これは学習とは呼ばず、勉強(勉めることを強いられるの意)です。
したがって先生が教え、生徒が聞くという受け身の学習システムでは、生徒の自主性を引き出すのは難しいといえるでしょう。集団一斉指導の限界がここにあります。「個別指導」が望まれて当然なのです。 |