嫌いだからやらなくともいい、というわけにはいかないのが勉強です。「芸は身を助ける」という言葉がありますが、現代では、「知識は身を助ける」と言えはしないでしょうか。
試験や受験のためのみならず、将来どんな仕事につくかも分かりませんし、またこんな仕事がしたい、という状況に立った時、必要最低の知識がなければ職業選択の道が限られてしまいますし、やりたい仕事を諦めねばならないことだってあり得るのです。
とまあ、大人ならばこんな理屈もよく理解できるのでしょうが、子供たちにそう話してもなかなかピンときませんね。
生徒たちによくこんな質問を受けます。
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ねえ先生、どうして2次方程式だの因数分解だのを勉強しなくちゃいけないの?将来これを使うことがあるの? |
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いや、まずないだろうな。たしざん、ひきざん、かけざん、わりざんまで知っていれば、生活には困らないよ。 |
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それじゃあ、どうしてさ。 |
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ううん、それはね、たとえば君が将来宇宙ロケットを飛ばす仕事をしたいと思わないとも限らないだろう?その時は、中学・高校の数学は、必要最低な基礎知識だという訳さ。 |
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ふうん。でも多分僕は、宇宙ロケットを飛ばす仕事にはつかないと思うけどな。 |
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・・・・。 |
こんな風に子供たちは、今やっている学習の必要性に確信を持てないまま、まあしかし受験もあることだし、といった曖昧な動機で学習を続けていることは事実です。
本来、学習の動機づけというのは非常に大切な要素であるのですが、正直な所生徒みんなの確信(納得)を持たせ切れていません。でもなんとか粘り強く子供たちに話し続けていきたいと考えています。
いずれにせよ、勿論高校や大学受験突破のためでもありますが、自分の可能性の間口をできる限り広げておく、という意味においても、知識を身につけるための努力は、これを決して惜しまぬ方がよい、ということだけは断言できます。
考えてみれば、受験もそれ自体が目的なのではなく、より高い知識を身につけるための資格試験なのです。 |